ノーサイド・ゲーム
池井戸潤(ダイヤモンド社)
ドラマが始まる前に買いましたが、手をつける暇が無いうちに放送開始。今の時点では2回が終了しています。2回見て、ドラマが面白いので、先を知りたい意味でもウズウズし、やっと手に取ったわけです。
池井戸ドラマに唯一NACSで出演していなかった大泉洋さんが主演ということで、放送前から話題になっていました。
そして、題材はラグビー。今年は日本でW杯もあるので、話題としてもタイムリーです。ここも敢えて合わせてきているのでしょう。
【あらすじ】
大手自動車メーカー・トキワ自動車に勤務する君嶋隼人(きみしま・はやと)は、経営戦略室で出世街道を進んでいたが、企業買収問題で常務取締役・滝川桂一郎(たきがわ・けいいちろう)と衝突し、左遷。ラグビーチーム・アストロズのGM(ゼネラル・マネージャー)も兼務という横浜工場の総務部長に就任することに。
自身ラグビーは全くの素人、当然人事に不満の君嶋だったが、企業人としてのプライドと再起を賭け、低迷に喘ぐアストロズの再建に乗り出すことになる。
池井戸先生といえばの企業モノです。
そしてスポーツという王道の題材も絡んでくるという、読む前から、良い意味で分かりやすい面白さを確信できる作品だと思いました。
当然、期待は裏切らないわけなのですが。
【感想】
ドラマを2話見てからの読破ということで。
ドラマを結構気に入っているので、 大泉洋さん(君嶋)と上川隆也さん(滝川常務)と大谷亮平さん(柴門)の声で台詞が脳内再生。
池井戸潤先生ですので、「勧善懲悪」「正義は勝つ」「大団円」が大前提と思い、不振に喘ぐアストロズの優勝物語かと思いきや、その側面も保ちつつ、企業モノとしての一面もしっかり読み応えがあります。
ただこの本、一言でいえば、
君嶋の独壇場。
いえ、それが悪いと言っているわけではないのです。
私は、池井戸作品は『下町ロケット』シリーズ4冊と『七つの会議』しか本では読んでいないのですが、君嶋ほど優れた、いわば「スーパースター」のような主人公は今までいませんでした。
ドラマは大泉洋さんが演じているということもあって、三枚目っぽい感じも前面に出ているのですが、原作にはそのような顔は無く。人を見る目、状況判断力、経営の才覚、どれを取っても一流で、とにかく格好良い。
…のですが。
会社の中ではサラリーマン、ラグビーは素人なので、なかなか簡単に認めてもらえず、何度も壁にぶち当たります。
それを自らの力で切り拓いていく物語なのですが、切り拓いていける理由は、決して君嶋の能力が高いからだけではないのです。
君嶋は、確固たる矜持と、正義と、情熱も持ち合わせる人。
その人間性が人を動かし、能力に裏付けられた企図を認めさせていきます。その企図は時に疑われることもありつつも、確実に花開き、周囲の人を変えていきます。
その様が非常に爽快な作品です。
◆反復読後の小部屋◆※既読推奨
まず触れたいのは、滝川常務ですね。
まあドラマでは今のところ酷い悪役という感じですが、原作ではまた全然違う一面を見せてくれているので、どうしても触れたい。
といいますか、原作では本当の意味でも悪役ではないですからね、結局。読み返せば最初から別に君嶋を目の敵になどしていなかったという。ドラマは直接嫌なことも言ってくるのもあって、まんまと騙されましたね。
出世欲や自己顕示欲のカタマリ的なところは否めませんでした(これも出自や若い頃の苦しさからくるものだったのかもですが)が、彼もまた優秀で、良いものは良いと認められる人。
悪者として物語の途中で葬り去られたように見えましたが、見事な復活を遂げそうなラストも良いです。左遷された先の小会社を立て直し、本社にまた呼ばれるであろうとは。やはり優秀な人なのです。
学生時代思い切り滝川常務をバカにして、大人になっても訳の分からない社長をやっていた風間には天罰が下れ、です。
上川隆也さんは大好きですので、この滝川常務の素敵な一面がドラマでも描かれることを切に願います。
結局、人の心を持つ登場人物たちは、一人残らず君嶋に心を動かされ、しがらみや不安、認めたくなかったことから自分を解き放ち、革新的な一歩を踏み出します。それが実を結ぶというサクセスストーリーです。
でも決して、ご都合主義だけでは進まない。だから面白いです。
そして、『下町ロケット』の『ゴースト』『ヤタガラス』より読んでいて苦しくないです。この2冊に比べると、あまり「理不尽さ度」が高くないので。
読んだ4冊の他、『陸王』もドラマで見ましたが、君嶋が一番魅力的な主人公かなと思いました。