反復する生き物

基本的には好きな本を何回も読んだ感想と考察あれこれ(ときどき別コンテンツあり)。上部はこれから読む方、下部はもう読んだ方向け。読まずにネタバレのみ希望の方向けでは無いので、ご注意を。

大奥1巻

大奥1巻

よしながふみ(白泉社・ジェッツコミックス)

 

実はこの記事は約1年前から書き始め、亀のように進みながら、他の作品の記事を先に書いたりしており、未完のまま放っていたものでした。

あまりにも好き過ぎて、書くことがなかなかまとめられなかった故に、まさかの1年。

しかし、この度17巻が発売し、舞台は14代将軍・家茂の治世の後半。

江戸を描く作品が故、終わりが近いと感じたため、そろそろきちんと書き残そうと考えた次第です。

 

これは、単なる男女逆転の歴史漫画ではありません。

突飛とも思える設定で歴史の男女を逆転させ(時に矛盾を避けるためにあえて逆転させていない人物もいるが)ているのに、これがもしかして真実の歴史なのでは?と思わせるほどの説得力と作り込み。

ドラマや映画もありましたが、全部原作を読んでこそ、この作品の凄さが分かります。

映像を見て、それが今ひとつと感じて原作を読んでいない方は特に、是非読んでください!!

 

【あらすじ】

時は江戸時代初期。とある山村で、熊に襲われた子供から、男児のみが罹患する病気が広がる。その症状から「赤面疱瘡(あかづらほうそう)」と呼ばれた病は猛威を振るい、男子の人口を急激に奪っていく。

やがて人口の男女比は1:4で安定、武家社会も庶民の産業も生活も、男女の役割が逆転した。

更に時は流れ、江戸幕府七代将軍・徳川家継(とくがわ・いえつぐ)の御代。貧乏旗本の息子・水野祐之進(みずの・ゆうのしん)は、美男三千と謳われる大奥に奉公を決める。

 

【時代と幕府の主要人物】

正徳6(1716)年〜

将軍:七代・徳川家継→八代・徳川吉宗(とくがわ・よしむね)

御台所:不在→(登場せず)※実際の徳川吉宗には真宮理子(さなのみやまさこ)女王という正室がいました

主な家臣:間部詮房(まなべ・あきふさ)→加納久通(かのう・ひさみち)

大奥総取締:藤波(ふじなみ)

 

この巻の主人公は、貧乏旗本の息子で大奥入りをした水野祐之進。男女が入れ替わって久しい男ばかりの大奥が舞台です。時は徳川吉宗の御代。

実写では、二宮和也さんが水野、柴咲コウさんが吉宗でした。

水野はなかなかの色男という設定のようですが、吉宗は美女ではないのですよね。それが柴咲コウさんなので、違和感あるかなと思い見ていませんが、和久井映見さんの久通は多分ぴったりだったのではないかと思っています。

 

【感想】

全巻読むと、この巻は1冊丸々完全に「序章」であり、水野は長らく続く大奥の数多くの男たちの1人に過ぎません。

そしてこの先この物語には珍しく、完全に架空の人物なのですが…いえ、架空の人物だからでしょうか…!非常に格好良いのです!

キャラクターや話し方がお調子者っぽいので、なんとなく三枚目にも見えますが、眉目秀麗の剣術にも長けた、いわゆる「イケメン」です。

しかも実は男気と優しさも持ち合わせた、非の打ち所のない主人公です。

それが想いを寄せる幼なじみとは結ばれない運命を受け入れるため、大奥に入るわけです。

こう書くと切ないのですが。

当の水野は、男たちばかりでそこに住む人間の心も歪んだ大奥の空気に戸惑いながら、誇りや矜持を失わず、前向きに、時にコミカルに、活き活きとしているので、悲壮感はありません。

持ち前の明るい性格と度胸と、剣術だけではなく、思わぬ器用さと聡明さをも持ち合わせていることで、周囲の人間を動かし、ついに将軍の目に留まります。

 

…ここからの展開は大事なネタバレになるので具体的には避けますが、ありきたりなサクセスストーリーでもなく…引き込まれます。

 

水野の物語自体は、全くのフィクションでありながら、舞台とその他主要人物が歴史に沿っているので、軽々しい感じがしません。

そもそも赤面疱瘡で男女逆転という背景がもうフィクションなのですが。

これだけでも面白い、この先ももっともっと面白い、本当に名作の「序章」です!

 

大奥 1 (ジェッツコミックス)

大奥 1 (ジェッツコミックス)

 

 

◆反復読後の小部屋◆※既読推奨

水野の物語は、ありきたりなサクセスストーリーではないと書きましたが、ハッピーエンドです。

大奥で紆余曲折ありますが、叶わぬ想いを断ち切るために入った大奥が結果的に、水野と想い女・お信を結びつけてくれることになりました。

直接的には吉宗の粋な計らいが物を言うのですが、読み返すと、その他にも小さな偶然と背景が寄り集まってできた「奇跡」のハッピーエンドだったことがわかります。

水野が美男で剣術に長けていなかったら(大奥総取締・藤波の目に留まることは無かった)、将軍御台所が不在という設定でなければ(吉宗は未婚ではなく、ご内証の方という概念が成立しない)、ご内証の方が死罪となるご定法が無ければ(藤波が水野を御中臈にしようとは考えず、水野は大奥から出られなかった)、吉宗の女名が「信」でなければ(水野は吉宗の名を呼ぶことは無く、吉宗がその動機を調べることは無かった)…といった感じで。でも一つ一つはさりげなく織り込まれているので、、不自然な感じは無く、素直に喜べる結末になっています。更に男女逆転の設定もうまく使われており、非常に見事です。

そして水野の身に訪れた「奇跡」は、この物語において主要なサブキャラである杉下の運命も大きく変えていくことになります。…が、これは大分先まで読み進めないといけないので、ここではここまで。(↓下へ続く)

 

 

◆既刊を全部読んだ後の小部屋◆※既読推奨

水野・吉宗は勿論のこと、サブキャラ・杉下も非常に魅力的なキャラクターです。

水野は吉宗の粋な計らいで早々に大奥から去りますが、杉下は大奥に残り、吉宗の力になっていくであろうことが読み取れますが…1巻の直接の続きは7巻後半(時系列でいうと1巻と7巻前半は同じ時代)で、杉下は以降にも登場します。

水野はまだ若く、粋で男気もあり、美貌と剣術の腕まである完璧な主人公でした。

添い遂げられない運命ならいっそ…と、想い女への気持ちを断ち切るという動機で大奥に入ったため、将軍の寵を得たいという気持ちも無く、どこかお気楽な雰囲気が漂っています(気楽に見せているのは水野の人柄によるものも大きいのですが)。しかし逆に杉下は、婚家で子供ができず役立たず扱いされて離縁、大奥以外に行き場所が無く、もう30半ば。

また、水野の家は貧乏旗本ながら、しっかりとした武士の誇りと矜持を持つ親元で育ったため、水野の子種がお金儲けに使われることはありませんでしたが、杉下の親は杉下をお金儲けに使ってきたという話。

育ちも大奥へ来た理由も全く違う2人ですが、お互いの人柄もあり、どこか歪んだ大奥の中でささやかに支え合っていく感じはとても良かったです。

杉下は穏やかで冷静で、実はとてもできる人。故に出世のきっかけは水野でしたが、その人柄と能力で吉宗の三子の父替わりとして大奥総取締となり、最期は時の将軍・家重と大御所・吉宗に看取られ、吉宗の側室として丁重に葬られました。

1巻を読んだだけで杉下ファンになった方も多いと思うのですが、7,8巻の後にもう一度1巻をぜひ読んでみてください!感慨深い気持ちになります。