反復する生き物

基本的には好きな本を何回も読んだ感想と考察あれこれ(ときどき別コンテンツあり)。上部はこれから読む方、下部はもう読んだ方向け。読まずにネタバレのみ希望の方向けでは無いので、ご注意を。

七つの会議(映画)②

七つの会議(映画)

 

nanakai-movie.jp

 

1回で終わらなかったので、前回を①今回を②として続けます。

今回②はネタバレありの感想と、原作を読んだ後の追記でいきたいと思いますので、見ても読んでもいないという方はご注意ください。

 

【ネタバレありの感想】

印象に残ったシーンを順に振り返っていきます。

東京建電営業二課長・原島万二(及川光博さん)の「鬼が来る」のモノローグでスタートします。

舞台は営業会議。鬼とは私が今作品で一番好きな登場人物、営業部長・北川誠(香川照之さん)です。「花の一課、地獄の二課」、容赦無くノルマ未達の二課は北川の標的となり怒鳴りつけられ、弱々しい原島を及川さんは上手く演じています。見るからに善人。補佐する係長は須田邦裕さん(企業ものの若手のリーダー役でよく見るイメージがあり、好きな役者さんです)。かたや業績の優秀な一課長は坂戸宣彦(片岡愛之助さん)。鼻高々で北川共に嫌な奴ではという印象です。

極度の緊張感溢れる会議中にイビキをかいて寝ているのが八角民夫(野村萬斎さん)。善のダメ社員・原島&八角、悪の優秀社員・北川&坂戸という図式が何となく見えてくるのですが、北川と坂戸には同じ類の悲哀と矜恃があるとはこの時思いも寄らずでした…

そして坂戸は間もなくパワハラで八角に訴えられ、簡単に左遷でフェードアウト。後釜に座ることになった原島が、一課の事務・浜本優衣(朝倉あきさん)とこの不可解な人事の謎を追うことになっていきます。

 

優衣は優衣で不倫と単調な事務仕事に疲れ、退職を決意しますが、その前に何かを会社に残したいとドーナツの無人販売を企画。大したことないエピソードに思えますが、このドーナツが、不倫相手でもある経理部課長代理・新田雄介(藤森慎吾さん)を追い詰めたり、ラスト近くでは黒幕に近づくキーアイテムだったりします。

新田はくだらないクズ男。そのクズっぷりがピークに達するのは、優衣に土下座するシーン。ワガママで鼻持ちならない男の無様な姿はスカッとしますが、藤森さんがどハマりです。頭良さそうに振る舞うのも上手でしたが、ここが「チャラ男」の真骨頂。演技を褒める市井の声が納得いきます。

その新田は、経理部とは犬猿の仲の営業部の鼻を明かしたい一心で不可解な部品の転注を調べ始めた矢先に不倫がバレて左遷。ただ、この転注に何かあることは明白。同じように商品クレームからこの問題に近づいたカスタマー室長・佐野健一郎(岡田浩暉さん)の左遷も経て、八角でも原島でもない登場人物の目線から、謎解きが進んでいく様は、あれこれ先の展開を考えずにはいられませんでした。

そして転注先の町工場・ねじ六の社長は三沢逸郎(音尾琢真さん)、その妹・奈々子(土屋太鳳さん)。突然の転注は本人達にも謎。2人の最後のシーンで機械にかけたネジが折れ、真相を示唆されていると分かります。

このお2人のシーンは短い時間でしたが、掛け合いから、経営は苦しくても良い家庭なのだろうと伺えて微笑ましかったです。

 

ここからは原島と優衣の元にも謎解きの材料が揃っていき、ついに八角が自分の過去と東京建電の抱える闇を2人に吐露し、強度偽装とその隠蔽いう真相の全貌が明らかに。

ここでクライマックス、あとは解決かと思いきや、全くそうではないのがまたリアル。

本当のクライマックスは、親会社までもが隠蔽しようとした強度偽装を国にリークしようとする八角に北川が証拠のネジを託すシーンだと思います。このシーンの北川が私は本当に好き。

正義を思い出したとかそんな単純なものではなく。不条理だと分かっていても「犬」でいることに耐えてきた生き方には、北川なりの覚悟と矜恃があったわけなので、全てを否定するかもしれないこの行動に最後まで震える手が止まりません。その手を握り締めてネジを受け取る八角。それは盟友としての2人の握手に見え、涙が出ました。

20年前にもあった耐火偽装。拒み、会社のメインストリームから外れることで自分の正義を貫いた八角。従い、メインストリームの中で不条理に耐えてきた北川。八角は正義を貫きながら「傍観者」となり、北川は正義と良心に背いたことに苦しみながら「当事者」でいた。

「どっちの罪が重いんだろうなぁ」ーーー

八角に罪は無く、北川は会社に従うべきではなかった。勿論、それが正解だとは思うのですけどね。見る方もそれだけでは割り切れない重みを感じました。

 

で、エンディングと後日談。

営業一課だけを残務処理の役目を担わせて残し、東京建電は事実上解体。一課長は勿論原島。その下に八角。

優衣はドーナツ販売を生業とし、自分が立ち上げた無人販売の仕入れにやってくる毎日。

北川は全てのキャリアを捨て、実家のバラ園へ。やはり香川照之さんが演じるキャラクターは可愛らしかった…と思わせる1シーンにほっこり。

坂戸は個人への損害賠償を免れ、八角の紹介で無事再就職。新天地での片岡愛之助さんの笑顔が印象的でした。

最後の最後に八角に聴取を行う弁護士として役所広司さんが登場。はい『陸王』。

 

個性的で豪華な俳優陣の演技に引き込まれながら、時には笑わせられ、複雑に絡み合う善悪に考えさせられる作品です。非常に面白かった。繰り返し見たいです。

 

 

【映画→原作と辿る】

 

七つの会議 (集英社文庫)

七つの会議 (集英社文庫)

 

 

映画の直後に原作を読みました。原作は原作でまた別に取り上げますが、映画を見た後に原作を読んだことで良かったと思えたことが1つ。

原作は次々に主役が変わっていく8つのオムニバス形式なので、映画には無かった八角以外の登場人物の背景やエピソードが深掘りされています。特にねじ六と佐野の部分は、映画では短過ぎて訳が分からないまま終わってしまったと思う人は多いのではないかと思いますが、原作を読むと背景がよく分かります。その他、原島・新田・北川・坂戸の家庭の様子(これ結構キツいですけど)や、映画ではあまりに真っ当で影が薄くなってしまった村西副社長(世良公則さん)にもスポットが当たっています(そして村西は実は極めて人格者)。

映画の背景を補うものと思って読むもアリなので、私のように先に映画を見た方には直後に原作を読むことをお勧めします。

 

ただ、この類の映像化作品のお決まりですが、完全な悪役以外の悪役に救いの部分を作ったり、キーとなる行動は脇役ではなく主人公にさせる設定に変更されていたりするので、原作を先に読んで気に入った方が映画を見るなら、ある程度別物として捉えることをお勧めします。『下町ロケット』と同じです。

今回も、先に映像を見て、気に入ったから原作を読む、というルートは正解でした。逆は見方を間違えると失望してしまうことが多いので、基本私にはこのスタンスが合っているのだと思います。