反復する生き物

基本的には好きな本を何回も読んだ感想と考察あれこれ(ときどき別コンテンツあり)。上部はこれから読む方、下部はもう読んだ方向け。読まずにネタバレのみ希望の方向けでは無いので、ご注意を。

大奥9巻

大奥9巻

よしながふみ(白泉社・ジェッツコミックス)

 

多忙にかまけて、なんと更新が1年以上振り……

その間に『大奥』は無事完結。しかしこの9巻はまだまだ中盤です。

表紙は平賀源内。源内といえばエレキテル、最期は殺人で投獄されて獄死という、その人生には良くないイメージもある偉人ですが、『大奥』では明るく型破りで天才的な武家の娘という斬新な設定です。

設定は大きく違いますが、実際の最期は悲しい人です。『大奥』でその人生はどのように描かれていくのでしょうか。

 

【あらすじ】

中興の祖として讃えられた八代将軍・吉宗(よしむね)は没し、病で無能と揶揄された九代・家重(いえしげ)も大御所となり引退。

十代・家治(いえはる)は、頭角を現し始めていた田沼意次(たぬま・おきつぐ)を側用人へ取り立て、吉宗の遺志である赤面疱瘡の解明に着手すると宣言。

そのために意次より直に命を受け大奥に入った、日本人とオランダ人の混血である蘭学者・吾作(ごさく)は、青沼(あおぬま)と名付けられる。待っていたのは、自身と蘭学に対する差別と偏見だった。

 

【時代と幕府の主要人物】

宝暦10(1760)年頃〜宝暦13(1763)年頃

将軍:九代・家重→十代・家治

御台所:比宮増子女王(なみのみやますこじょおう)※既に没→五十宮倫子女王(いそのみやともこじょおう)

主な家臣:田沼意次

大奥総取締:高岳(たかおか)

側室:お幸の方(おこうのかた)※既に没、お千瀬の方(おちせのかた)※登場せず→お知保の方(おちほのかた)

 

【感想】

9巻の主人公はほぼ青沼。彼の大奥での奮闘ぶりがメインなので、時間の流れがこれまでの巻に比べてゆっくりで、描かれている期間も約3年と短いものになっています。

青沼はオランダ人と丸山遊女の混血で、見た目は完全に異人と、当時の日本では心無い差別を幼い頃から受けてきたであろう人。

しかし心根は真っ直ぐで有能なので、地道な働きが徐々に大奥で認められていく清々しい物語になっています。

周囲の人も丁寧に描かれています。黒木・伊兵衛・僖助はオリジナルキャラクターですが、出番が多く、今後の活躍が予想される3人です。境遇・過去・性格…それぞれ諸々の事情で、青沼や蘭学から距離を置いていますが、青沼の確かな人柄と技術に触れ、心を開き蘭学を学ぶようになっていく過程がとても良いです。

私が特に好きなのは伊兵衛。

自他共に認めるドラ息子ですが、なんだかんだ気の良い男で顔も割と男前。

地味に杉田玄白も絡んできており。実際の歴史でもこのように、医学を志すつもりは無かった若者達が徐々に集まり、意気揚々と医学を地道に発展させてきた…ということがあったら良いな、と思ったりしました。

 

逆に、男達の清々しさに比べ、女達の浅ましさよ…

突っ込んで書くとネタバレになりそうなのでやめておきますが…

ここまでは割とまだ将軍に力があり、跡目争いはほぼ無く(江島生島事件くらいですかね)、家臣同士の争いもほぼありませんでしたが、吉宗の跡を継いだ家重の力の無さとその跡目争いで残った禍根が幕府の女達の野心を膨らませてしまったのです。

話が良い方向に向かわないであろうことは明らか…

お願いだから綺麗な志に水を差さないで、と思うばかりです。

 

大奥 9 (ジェッツコミックス)

大奥 9 (ジェッツコミックス)

  • 作者:よしながふみ
  • 出版社/メーカー: 白泉社
  • 発売日: 2014/08/28
  • メディア: Kindle版
 

 

◆反復読後の小部屋◆※既読推奨

能力の高い孤高の主人公が、周囲の人間を変え、巻き込み、良い仲間(チーム)になりながら努力を結実させていくサクセスストーリーは、王道ですが大好物です(私が記事にしている中では、『ノーサイド・ゲーム』が典型でしょうか。『転スラ』も当てはまるかと思いますが)。

今巻はだんだん嫌な時代になってきたなぁ、という1冊なのですが、この「孤高の」青沼が、主要人物になるであろう匂いのする黒木の蘭学嫌いを変え、ドラ息子・伊兵衛に学問の楽しさを覚えさせてしまう。この流れは何度読んでも良いです。

そして、悲しいのですが、この9巻で私が一番好きなのは、五十宮。

史実では勿論女性で、宮家の王女だったようですが、実際にも家治との仲は睦まじかったとのこと。漫画の中では男子が生まれたとあり、史実では千代姫という女子になります。史実では千代姫は夭折とありますが、こちらの男子は早くに亡くなったとの記述はないようなので、少し安心するところ。しかし五十宮自身が…現代でいうところの癌でしょうか…お腹に腫瘍ができる病で、亡くなります。

自分の余命が短いことを知りながら、大奥での寂しさを学問の楽しさで救ってくれた青沼を最期まで笑顔で守ろうとするその大きさと優しさに、何度読んでも涙が出ます。あまり目立たない将軍の伴侶にも名キャラがなかなか多いのが、この『大奥』の魅力でもありますよね。(綱吉の側室・伝兵衛とか)

 

◆既刊(完結)を全部読んだ後の小部屋◆※既読推奨

この巻からしばらく、描かれる幕府の様子が大嫌いな期間が続きます。私にとってこの悪しき流れを止めてくれたのが、阿部正弘と天璋院篤姫です。吉宗の母親としての詰めの甘さによる負の遺産は、娘たちの代に止まりません。

次女・宗武は、長子であれば母親も自分を将軍にしたがっていたと信じてずっと不満を募らせ、その思いを娘・聡子に託します。田安宗武の子で有名といえば、松平定信。松平定信は田沼意次が大嫌いだったそうですが、この後『大奥』で成長した聡子も同じです。若い頃は特に、母親の心残りと祖母への憧憬が悪い方向に働きます。若さ故の浅はかさを、サイコパス徳川治済に付け込まれるのですよね。

そもそも吉宗が、宗武にはっきり身の程を弁えさせておけばこのようなことにならなかったのでは…と、何回も言っていますけど。

吉宗の孫たち、三姉妹のそれぞれの娘は、徳川家治・松平定信・徳川治済。残念なことに、善悪別にしてですが、徳川治済が他2人より一枚も二枚も上手でした。

…といっても、これは『大奥』の話。史実では、出しゃばってくる宗武に、家重も吉宗も処分を下しています。宗武は、懲りずに松平定信を将軍にとは考えていたようですが。

そして、徳川治済もサイコパスということはなさそうですが、一橋家から自分の息子・家斉を将軍にして、田沼派を一掃しますからね。裏で何があったとしても不思議ではないかもしれません。

『大奥』は本当に、良い悪い別にして、登場人物の心や思惑が上手く創作されて、史実に沿った壮大な創作物語が見事に読み応えのあるものに仕上げられています。

あまりの見事さに感情移入してしまう分、本当に良い悪い別なので(苦笑)、涙もするし怒りも湧きます。改めてこの漫画の凄さを感じますね。