反復する生き物

基本的には好きな本を何回も読んだ感想と考察あれこれ(ときどき別コンテンツあり)。上部はこれから読む方、下部はもう読んだ方向け。読まずにネタバレのみ希望の方向けでは無いので、ご注意を。

大奥7巻

大奥7巻

よしながふみ(白泉社・ジェッツコミックス)

 

表紙は徳川吉宗。ついに1巻に物語が追い付きます。

 

【あらすじ】

六代将軍・家宣(いえのぶ)が亡くなり、七代将軍に就任したのは家宣と左京(さきょう)の幼い娘・家継(いえつぐ)。左京は出家し月光院(げっこういん)となり、大奥総取締・江島(えじま)と共に将軍の父として、大奥の頂点に君臨していた。同じく出家し天英院(てんえいいん)と名を改めた、家宣の御台所・國煕(くにひろ)一派との権勢の差はついたかに思われたがーーー

 

【時代と幕府の主要人物】

正徳3(1713)年〜享保10(1725)年

将軍:七代・徳川家継→八代・吉宗(よしむね)

御台所:不在→真宮理子女王(さなのみやまさこじょおう)※登場せず

主な家臣:間部詮房(まなべ・あきふさ)→加納久通(かのう・ひさみち)

大奥総取締:江島(えじま)→藤波(ふじなみ)

側室:不在→お須磨の方(おすまのかた)

 

【感想】

ちょうど1巻に追い付き、 男前の吉宗がついに登場という巻なのですが、なんとも後味の悪い1冊です。それもこれも、江戸中期の有名な疑獄事件である「江島生島事件」がメインのせい…

江島生島事件はドラマや映画の題材にもされていますが、今作ではストーリーの流れ上、事件の影響を強く受けてしまった月光院のルーツや人柄が丁寧に描かれているため、余計に納得しづらい作りになっている感があります。

間部詮房と月光院の密通は歴史の中でも囁かれ、江島生島事件は月光院一派への天英院からの攻撃という俗説もあり(ただし信憑性は低いとも)、『大奥』はその噂や俗説を最大限に使って事件を描いています。

どうしてもここまでの流れでは、月光院と江島を応援したくなる描き方なので、納得できない読者は多いかと(私もその1人です)

月光院が間部詮房に思慕を寄せているのがまた悪い方向に働いていて。

嫌な気分にはなるのですが、反面、やるせない悲劇としては見事な描き方だと思わされました…

 

今巻は、江島生島事件以外はオマケのようなものと感じている私ですので、一読の感想はこの辺にしておきます。

 

大奥 7 (ジェッツコミックス)

大奥 7 (ジェッツコミックス)

  • 作者:よしながふみ
  • 出版社/メーカー: 白泉社
  • 発売日: 2014/08/28
  • メディア: Kindle版
 

 

◆反復読後の小部屋◆※既読推奨

過去の記事でも書いていますが、私は『大奥』の中では、かなり月光院が好きです。

江島を救うために天英院に頭を下げ、実際天敵であった天英院に「心が清しすぎた」と言わしめた月光院。一読した際は普通に「格好良い。でも悲しい」という感想を覚えましたが、何度か読むと本当にその一言で終わるか?という疑問が生まれてきました。

 

何故かというと、結局月光院自身はほぼ何も失っていないからです。

事件後も長らく前将軍の父として吉宗に厚遇され、表向き天英院との確執もなく、実に平和な余生です。

江島は流罪、間部詮房は結局吉宗に罷免されて地位を失ったのにです。

月光院が譲ったのは「次期将軍に吉宗を推すこと」のみ、願いは「江島の命」だけでした。

穿った見方かもしれませんが、真相を問いただすことも詰める寄ることもなく、ただ頭を下げ、相手方の望む一番のことだけを譲り、自分の願い1つだけを伝えることで、天英院に例えようの無い敗北感を植え付け、結果、間部詮房の体面を守ることも勝ち取ったのです。当然、自分の身の危険もありません。後半に、天英院・吉宗と共に縁側でお茶を飲む場面がありますが、この平和な時間はこの時の決断によるものに他なりません。大奥での権力は削がれたかもしれませんが、もともと権勢を誇る生活はしていないので、彼にとってはどうでもいいことでしょう。

なので、これは月光院の作戦だったのかも…という思いも拭えません。実の母親に近親相姦を強いられ子供まで成し、女から金を巻き上げる生活を送りながら、自分の人生を諦めず生きてきた溝口左京その人です。清しい心だけの持ち主とは思えませんしね。

 

そして、パッと見は、月光院は間部詮房への、江島は生島新五郎への思慕が印象強いのですが、事件に巻き込まれ苦境に立たされた時、2人が最優先したのは想い女ではなかったことが分かります。

月光院は忠臣・江島を、江島は敬愛する主・月光院を守ることが最優先でした。それは天英院への唯一の願いと、厳しい拷問を受けても何一つ語らなかった江島の態度から読み取れます。

結果、何が起きてもおかしくなかった冤罪事件であったのに、彼ら2人の考えと思いだけで、最悪の事態を免れるのです。ある意味月光院側の勝利だったといえます。

色々書きましたが、月光院と江島のお互いの主従の思いは本物で、尊いものだったと思いました。

間部詮房は嫌いですが(苦笑)、月光院に吉宗を推す旨を伝えられた時の言葉はグッときます。

 

きっとその事については江島に恨みはござりますまい

私よく分かりますわ

むしろ最後まで月光院様をお守りできた事

江島の本懐でござりましょう

  

間部は自分が窮地に立たされることになる可能性を知りながら、月光院に恨み言一つ言うことなく、替わりにこの台詞を話すのです。

月光院には間部への思慕があるので後ろめたい気持ちがありありと出ていますが、間部は露ほども気にしていません。自分の敬愛する主君・家宣に思いを馳せ、江島の気持ちを肯定するだけです。

 

男女の情が絡んで起こされた江島生島事件でしたが、当事者たちの最も大切なものは思慕の念ではなく、主従を思う忠義の心だったということですね。それを貫き通すことで、本当の意味での敗北にはならなかったという…

後味が悪いのは拭い切れませんが、ただの悲しく悔しい事件に留まらない読み方ができました。

 

 

◆既刊(17巻)を全部読んだ後の小部屋◆※既読推奨

ここまでは月光院を掘り下げてきましたが、この先も読んで7巻を振り返ると…

加納久通が怖過ぎる。

1巻ではおっとりしていながら切れ者というようなイメージまででしたが…

いえ、確かにおっとりとした切れ者です。

そのままの雰囲気で、主君のためなら、まるで息をするように人を破滅や死に追いやるのです。動機は今後出てくる徳川治済よりまともですし(いやそれでもどうかと思うところもあるけど)、サイコパスという言葉までは当てはまらないかなと思うのですが…

 

そしてそれを久通の忠義の心として感謝してしまう吉宗。既刊全巻読んだ今、私は吉宗が好きではありません。

至高の地位や名誉を欲していたとは思えないような少女時代だったのに。清濁合わせ呑む器でないとあのような偉人にはなれなかったかもしませんが。

7巻の途中、自分が人の心の機微を分からない人間だと反省する場面もありましたが、全部読んでも、吉宗は終始そのような人間だったと私は思いました。なのに政治手腕の優れた大人物であったが故、彼女を本気で諫める人も彼女の言葉を覆して他者に影響を与える人もいませんでした。それが後に、この作品において多くの主要人物たちの悲劇の原因になりました。1巻を読んだだけでは考えられなかったことですが…私は吉宗を許すことができないのです。