死役所15巻
あずみきし(新潮社・バンチコミックス)
14巻の記事をupしてから、と思って購入しました。
今回の表紙は無表情で美幸ちゃんを抱っこする市村さん(生前ですので漢字)
13巻の続きは待っていましたが、良い話でないことは明白なので、読むのは怖かったです。
【各話サブタイトル・主人公】
・私が殺しました
→13巻「幸子」の続き。シ村の昔語り。
・普通の恋人
→駒形真名人。営業マン。
・たらい回し
→立花熊蔵。無職、70歳。
【感想】
やはり美幸ちゃんの死後のシ村さんの様子が描かれていましたが、ほぼ予想通りの流れでした(そして勿論良い気分にならず)
しかし今巻の私にとってのメインは「普通の恋人」!!
死者エピソードの中では、久しぶりにとても好きになれる話でした。
この話がシ村さんの次の話で良かった…!
ある男子高校生が自殺未遂をして、誰かに手紙を書いているという、設定がよく分からない始まりです。
自殺をしようとしていたくらいですから、主人公の真名人くんには深刻な悩みがあります。その悩みが何なのか、自分にどのような思いを抱いているのか、最後まで具体的には描かれていません。私たち読者は、大体のことを登場人物の描写で理解しつつ、「多分こういうことなんだろうな」と思いながら読むしかないという。
(ネタバレになるので、その推測は以下小部屋で掘り下げます)
でもそれがまた、自由に「こうだったら良いな」と思わせてくれて、辛い出来事はあったけれど、真名人くんと才くんが「普通に幸せ」だったのだと信じられるのです。
特に才くんがとても良いです。
愛する人を見つけ見つけられることは、なんと尊くて幸せなことなのか。
ということを感じさせてくれる1話です。
◆反復読後の小部屋◆※既読推奨
先にシ村さんに触れておきますかね。
昔の冤罪なので、多分今なら問題になるに違いない執拗な警察の取り調べに自白を強要されたのだろうとは思っていましたが…覚悟していたのに気分悪くなりました。
でも、やはり注目すべきは、市村さんが美幸ちゃんを愛していなかったかもという発言と、松シゲさんを怪しむ様子です。
恐らく発達の病気だった美幸ちゃんを幸子さんは心配し過ぎて「加護の会」へ行ってしまいましたが、市村さんは美幸ちゃんの様子に対しては寛容で、大らかに構えていたのだなぁ、くらいに私は思っていたのですが。
幸子さんのことは愛していたからいなくなって感情が爆発することもありましたが、美幸ちゃんのことは「どうでもいい」と思っていたということ…?
いや、これ、考えたくないですね。
今は慇懃無礼で少し変なところもあるけれど、シ村さんには、正義と愛を持った人であって欲しい。私の勝手な希望なのですが。名前も「正道(まさみち)」さんですし…
そして松シゲさんは、シ村さんに加護の会の信者だと言われており(11巻「裁きの先に」参照。でも平気で人を指差すので違うのでは?というのが私の考えです)ましたが、今回は本気で疑っている表情。しかもシ村さんは美幸ちゃんの書類を見ているのですよね。死役所のデータには、本人さえ知らない事実が書かれているのですから、犯人の名前も勿論あるでしょう。
…で、松シゲさんを冷たい目で見るシ村さん。犯人が松シゲさんではないかという考えを読者に抱かせますが、この『死役所』がこのようなあからさまな展開ですかね。
しかももう分かっているなら行動を起こしているものと思いますし。
上記11巻にて、松シゲさんがシ村さんに
まったく…
こいつは愛ってもんを知だねーのかね…
と、思うところもありますが(松シゲさんは滑舌が悪いので「知らねーのかね」です)、11巻の最後の「ハロー宇宙人」では、友達と自殺を図った詩ちゃんを優しく諭してあげたりしています。ここまでは松シゲさんは人情味のある人という印象なので、上↑のモノローグも気にならなかったのですが…
シ村さんが美幸ちゃんを殺したと思っている人たちから見たら、シ村さんは自分の子供を虐げて殺した極悪非道人です。松シゲさんが生前のシ村さんとその犯したとされる罪を知っていたら…?
このモノローグが全く違うものに見えてきます。
シ村さんの松シゲさんへの視線は、何も無いとは思えないものですが、松シゲさんも松シゲさんで、シ村さんの様子が多少気になっている様子。
この2人は生前の関わりが何かありそうです。
次の「普通の恋人」ですが、これ、私の中で『死役所』のNo.1エピソードかもしれません(14巻までのNo.1は「カニの生き方」一択でした)
今回の死者は真名人くんで前半は彼の目線ですが、後半は恋人の才くんの目線で、真名人くんと才くんのW主役といえます。2人は共にゲイであり、恋人同士です。
前半の最後で真名人くんはくも膜下出血で倒れてしまい、亡くなるまで植物状態なので、後半は才くんが語るという作りです。
高校時代にゲイである自分を気持ち悪いとか情けないとかお互い思い悩み、自殺を考えたりしながら、2人は文通をしています。「27歳」という真名人くんが、高校時代ゲイであることを悩み文通していたとは、「今のご時世に?」と違和感がありましたが、理由は最後の最後で分かります。ここも「あー、さすが」と思いましたね。世相を反映した話を毎回見事に描くあずみきし先生が、時代背景を間違うわけないですものね。
お互いと出会ってからも、自分たちを「普通ではない」と思ってきた2人は、「普通になりたい」、いえ「普通になれたらいいのに」と思っている発言があります。一緒に暮らすようになってからはその描写は無く、幸せな様子ですが、ずっと悩んできたこと、世の中に受け入れてもらえないだろうと考えることは消えません。
周囲の人たちの些細な質問を、2人とも笑顔で自分たちがゲイであることを隠してかわしていきます。
でも思うのです。笑顔でいられたのは、真名人くんには才くん、才くんには真名人くんがいたから。隠すのは自分たちを気持ち悪いとか情けないとか思っているからでは無く、相手のことを思っているから。お互い自分と同じ悩みや痛みを感じてきたことを分かっているからです。
よく読むと、2人とも隠してはいるのでしょうが、嘘はついていないのです(恋人であり友達でもあったはずなので)。それがまた凄く良い。
最後は真名人くんのお葬式帰りだと思われる才くんが、18年自分の言葉に答えることの無かった真名人くんに、自分の言葉が届いていたことを願いながら別れを悲しむシーンが有ります。
才くんの様子を描く物語の後半は、そのまま真名人くんの記憶と思い出であればいい。いえ、そう信じています。
才くんの言葉は全て、真名人くんに届いていたよ、と。